廃屋からのメール


サークルの同期である松岡から、22:30に俺の携帯に着信があったのは、先月のことだった。俺はアパートの部屋で1人、何となくテレビを見ながら缶チューハイを飲んでいた。

今すげぇ所にいるんだぜ。と話し始めた松岡。
こいつも酒を飲んでるんだろうか、なんだかいつもよりテンションが高い。
「すげぇ所」とはどこのことか、松岡がなぜ電話をかけてきたかはすでに分かっていた。

松岡はこのところずっと周囲に「T山の奥にある廃屋」に1人で行くと言いふらしていたのだ。
松岡は心霊写真や怖い話を集めたホラー系まとめブログの管理人だ。T山の廃屋と言えば、このあたりでは有名な心霊スポット。山の中の孤立した場所に一軒だけ、ボロ屋があって、今は誰も住んでいないらしい。松岡は、ブログのコメント欄の住人の要望に応え、単独での潜入取材を決意したとのことだった。

聞いてるか?山岸?

携帯を通じて、松岡の声と、ガサガサという、物を動かすような音がする。


今、玄関から中に入るとこだよ。そう、T山の廃屋ってやつ。
写真?当たり前だろ、デジカメで撮ってるよ。
おおかた撮ったら帰るさ。あとで適当に加工して霊が写ったっぽくするつもり。

オーブっていうのあるじゃん?丸いのが写真に写り込んでるやつ。
そういうのでもいいし、手なり足なり適当な素材を加工して半透明にして、入れ込んじゃってもいいかもね。

うわ!でっかいバッタがいた。

、、、え?そもそも、この廃屋にはどんな霊が出るかってこと?
有名な話じゃん。知らないの?

女の霊だよ。
セミロングくらいの茶髪で、黒いワンピース来た女。
車で通りかかった人が、庭先でうろついてるのを見ただとか、
肝試しでこの家ん中に入っていったグループが女に睨まれたとか、、、。

え?いや、ただの噂。怖い話だからさ。
その女を見た人がその後どうなったかまでは語られないよ。そんなもんでしょ。

その女が何なのかも、分からないよ。

、、、床がめっちゃギシギシしてるわ。危な。
大丈夫だよ。
とりあえず、この部屋の変な仏壇だけ写真撮ってもう帰るわ。

あ、そういえばこの女の霊の話だけど、
「生きてた時に男に裏切られて~」みたいな、、、
その女が何者なのかを語る話って聞いたことないんだよね。

俺が適当に作ってもいいかもね(笑)
楽しみにしとけよ。

ドンッ!

俺は驚いて携帯を落としてしまった。
何かを殴りつけるような、鈍い、大きな音だった。
携帯からじゃない。
絶対、俺の部屋のどこかで聞こえた。

すぐカーテンを開ける。
窓に鳥がぶつかったという感じでもない。

隣、空き部屋だったけど、何か作業でもしてるのか?

今まで、空き部屋のクリーニング作業がうるさかったことがあったので、それで納得した。
うちの管理会社は結構、雑だったから。

なんでこんな時間に、、、とちょっとイライラしつつも、とりあえず携帯を拾って耳に当てる。
悪い、なんでもない。
その言葉に返事は返ってこなかった。

電話が切れていたので、かけ直す。
しばらく発信音が鳴る。

しかし、
「おかけになった電話は、電波の届かない場所にー」
というアナウンスが流れるだけで、松岡が出ることはなかった。

まあ、山奥なら電波も悪いよな。
と、特に気にせず、俺は放っておくことにした。

その日以降、松岡から電話がかかってくることはなかった。




 

松岡が不自然な遺体となって山の中から発見されたのは翌々日のことだった。

松岡が見つかったのは、例の廃屋から2kmも離れた場所だったらしい。
何かに食い散らかされたように、遺体は激しく損傷していたと報道された。

ここからは警察の人から聞いた話だが、松岡の傍らには尋常ではない力で圧縮され、完全にぶっ壊れたデジタルカメラが転がっていたようだ。
データを復元することも、もちろん不可能な状態で。

そして、もうひとつ気持ち悪い話を聞いた。
松岡が入ったという廃屋。一応、警察が調査したらしいが、特に手掛かりになりそうな物はなかった。その代わり、奇妙なのが、そこは絶対に形態の電波が届かなかったという。

「この松岡君って子は、本当にあそこにいたの?」と警察から念を押された。
あの場所で電話はできないはずだと言うのだ。

しかし、松岡は実際に廃屋を歩いているようなことを言っていたし、俺も電話越しに、引き戸を開ける音や床がきしむ音を聞いている。松岡があの廃屋にいたことは、間違いないと思う。
そもそも、なぜ俺にそんな嘘をつくのか?

警察には事実だけを、順を追ってしっかり説明した。
首をかしげながらも、とりあえず俺は解放された。

その後、警察も捜査を続けてはいるものの結局、今日に至るまで、松岡に何があったのか、全く分からないままでいる。

松岡の変死から一か月後の今日。
俺の身にもありえない事態が起こってしまった。

 

俺の携帯のメッセンジャーに、メールが届いたのだ。
差出人欄には「松岡幸助」と、あいつの名前が表示されていた。

件名はなし。本文には、

「曲がった女」

と一言だけ。

意味不明なメッセージである。
しかし、俺には、俺にだけには、これが何を意味しているか、すぐに分かった。

ここ最近、大学周辺、大学最寄り駅、そして自宅最寄りのスーパーのすぐ横、、、。
同じ女を俺は3回見ていた。

茶髪で、黒と赤の模様のワンピースを着ていて、、、。
そして、右手の関節が逆の方向に曲がっていた。
大きく、ではないが、不自然な方向に曲がっているのが遠目からでも分かった。

俺の大学は都市部にあり、駅はターミナル駅。
この住宅街から、買い物に出る人は多い。

だから、俺は自宅周辺と大学周辺で、
見覚えがある人を何度か見ても気にしていなかった。

しかし、松岡との会話を思い出して、途端に寒気がした。

茶髪で、黒いワンピースの女ー

ドンッ

窓から、この4階の部屋の窓から、鈍い大きな音がした。